最近思うこと・・・
不登校はその子の価値観が学校と合っていないのかな、と。
人は誰でも価値観が合わなければ、居心地が悪いし、嫌いにもなりますね。
義務教育は9年にも及びます。
不登校の原因がその子の価値観にあるとして、それを我慢することが9年もあったら、それはとても苦しいですよね。
義務教育にやめるという選択肢はありませんし、行かない選択しかできません。
例えば、これを大人の事情に置き換えるとして、結婚生活はどうでしょう?
あなたは好きだから、この人とだったらうまくやっていける、お互い好意をもったから結婚をしたんですよね?
でも、離婚する方もいるわけです。
最初はうまく行くように見えていたけど、共に生活するうちに違う価値観を持っていることがわかり、合わなくなってきた・・・というのはよくある話です。
違うものは人は受け入れられず、違うとわかった瞬間から、嫌いに近いものに変わってしまうのです。
結婚の場合は別居、離婚という選択があります。
これを学校に置き換えたらどうでしょう?
学校が生理的に合わない・・・こういう子供がいたって不思議ではありません。
そのように感じる子供が9年間も頑張ることを想像してください。
まだ心も体も未熟な子供が、です。
これは私の仮定にしかすぎませんけど、息子に限っては『学校が合わない』要素が強かったと感じています。
生理的に合わないものに合わせようというのは、拷問に近いですよね・・・。
結婚生活に我慢を重ねてきた人、
仕事も嫌な環境で頑張り続けてきた人、
嫁姑関係に悩みながらも、姑さんのいうことに従ってきた人、
我慢を重ねて、精神を病んだり、体調面に変調をきたすことはよく聞く話です。
いわゆる、ストレスですよね。
大人であれば、経験も知恵もついて、上手く対処してくこともできるかもしれませんが、不登校の苦しさを味わっているのは子供です。
そこに、親や先生、祖父母や周囲の圧力も重なります。
どれだけ辛かっただろう・・・そう思います。
学校に行くのが当たり前の世の中だから、行かない、行けないがとても悪いこと。
非常識なことに思われがちです。
そのような周囲の空気に触れ、心を更に痛めるのは子供たち。
学校に行けないんだったら、こんな別の義務教育のカリキュラムがあるんだよ。こっちを試してみようか^^
という教育プログラムがあればいいのに・・・と何度も思いましたよ。
親の心配の一つに勉強の遅れがあると思うのです。
こういったプログラムがあれば、親の心配も少しは解消されますよね。
その子に合った教育というものがあれば、それが自信にもつながり『ちょっと学校にも行ってみようかな・・・』という気にもなるかもしれないと思うんですけどね。
義務教育と謳うなら、
不登校の子供や通学が難しい子供でも、すべての子供が学べるようにしていく、学校という一つの教育環境だけではなく、別の環境を広げていくこともしていく、それが教える側も義務として、心に留めることが必要じゃないかと私は思うのです。
なんか反論めいたことを書いていますけど、その人の持つ考え方や教育観によっては、全く受け入れられないとわかっていますよ^^
でも、純粋に子供だけを見たら、可能性を秘めた子供たちであって、将来の日本を支えていく子供たちです。
少子化と言われている現状の中、年老いていく私たちは、不登校の子供たちの力にもすがる時がくるわけです。
未来を支える子供たちに必要な教育は、受けさせたい、と叫んでみても変わらない現状ですけど。
ならば、親が子供のために動くしかありません^^
頑張っていきましょう!