【大丈夫!不登校】ブログ~母の日誌

小学校2年~高校3年まで不登校の息子について書いているブログです。 現在は受験を経て大学生になりました。不登校を受け入れ、変化してきた母の心を綴ります。

つぶやき

私たち夫婦関係の流れを振り返ります その①

投稿日:2017年10月15日



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今日は主人と私の関係について書いてみます。

どうでしょう???

子供の不登校に際して、夫婦関係が全く変化がないという方はいらっしゃるでしょうか?

なかなかそんなできた家庭は少ないのではないかな、というのが私の勝手な想像ではあります。

ストレートに言い合って喧嘩する家庭もあれば、内に秘めて悶々としている家庭もあるでしょう。

どんなケースであれ、夫に対して不満を抱えている方は多いですよね。

 

我が家の家族の性格から話しをすると、

主人が一番短気で、私は普段は怒ることは滅多にないけどスイッチが入るとかなりの激情型、そして、どこまでも冷静なのが息子です。

あまりこういう話はしたくないのですが、地球年齢というか、肉体年齢は置いておいて、生まれ変わりを続ける魂的な年齢で考えると、一番年長者は息子のような気がします。

つまりは、一番精神的に大人なのは息子ということ。

これって私の素直な感覚でもあるし、実際そう感じることが多いんですよね。だからきっと合っていると思います。

 

私たち夫婦は職場結婚です。会計事務所に勤めていました。

目指す資格は異なっていましたが、働きながら資格試験の合格のための勉強をしていて、そのような点から意気投合したんですよね。二人で事務所を開けたらいいな・・と淡〜い夢も持っていました。

今では信じられないかもしれませんけど、周りからも仲が良いね^^と言われていたんですよ。

普通に言えばラブラブです(笑)

自分でも楽しかったし、楽だったし、ストレスなく生活できていましたね。

ただし、家族が2人のときだった時は・・・です^^;

 

私たちの夫婦の関係に変化が出てきたのは息子が生まれてから。

息子は喘息で1歳から入退院を繰り返していましたが、主人が病院に来ることなんてほとんど皆無。土日で仕事が休みであっても、自ら来ることはなくて、最初に苛立ちを感じたのはこの時ですね。

その時は、息子がこのまま死んでしまうのではないか・・という不安でいっぱいだったし、何でこんなに治らないだろうと悲しくて涙が出たし、私の気持ちとしては主人にすがりたかった。でも、息子が徐々に回復して来ると、私の方は疲れもピークになって来て、シャワーを浴びたいのに浴びれない・・のもきつかったです。

何で、1〜2時間くらい付き添えないかな!という怒りに近いイライラとの闘いでしたね。

幼少期の私の主な不満は、こういった息子の入院時の主人の対応が主なもの。

そして、小学校に入って不登校になり、ますます夫婦仲は悪化です。

主人の仕事が忙しいというのは知っています。

でも、何でこんなに子供に関わらないのかがわからず、憎らしくもあり、ずるい!という感情が先に立っていたのです。

残念なことに、私もその頃は不登校の母親初心者で、未熟で、何とか学校に行かせようと必死だった時。

このまま学校に行けなかったら不登校になる。中学校にも、高校にも通えなくなってしまう・・と焦っていた時です(結局は、ずーっと不登校でしたけどね)。

短絡的な考え方ですが、学校にいけなければ職はない!と勝手に決めつけ、自分で自分の首を絞めていたんですよね。

主人はもっともっとこの考えが強い人です。

つまり、似たような人種が家族に2人もいたということで、小学生の息子にとっては、もしかしたら一番地獄のような時だったかもしれません(>_<)

 

その後も私もいろんな方との出会い、いろんな本との出会い、いろんな考え方、励ましに触れ、本当に少しずつですが、学校に行かせることを目標にするのではなく、息子が学校にいけなくても自立できることを目標にすることができるようになっていきました。

息子が私の変化を感じ取っていたかどうかは聞いたことはありませんが、小学校の私よりは中学校の私が、そしてさらに、中学校の時の私よりも高校の私の方が話しやすくなっていったのではないか、と勝手に思っています。

というか、多分これも合っていると思いますよ。

 

主人は変わらず、小学校、中学校、高校も仕事一筋でして、息子が学校に行かないことにいろいろ口出しはしても、一緒に学校に行く、カウンセリングに行く、学校の見学に行くということもなく、全て仕事が忙しい!で却下していました。

私がいくらお願いしても動いてくれることはありませんでしたよ。

私が一番悔しかったのは、中学校に卒業式。この時だけは一緒にきて欲しかった・・・です。

中学校の配慮で息子のためだけに一人だけの卒業式をしてくれたのですが、これは当時の私にとってはとてもきつくてね。

これも私のわがままだったかのかなあ。

今考えれば、私も自分の感情優先で「何で私ばっかり・・」の悲劇のヒロインぶりを冷静に見れるんですけど、当時はそんな余裕がなくて、たった1時間も家族のために時間を割くことも許してくれない会社なんてやめてしまえ!!と心から思いましたよ。

主人は結婚しても、子供が生まれても、生活スタイルは独身時代と何ら変わらない。

一方の私は激変につぐ激変で・・「不公平感」が悔しくて、苦しんでいたのです。

息子は意外と淡白、冷静でした。

特に嫌がることもなく一人の卒業式に参列していたし、先生方にもきちんと挨拶をしていました。

今振り返ると、息子が保護者のよう・・・でしたね^^;

私の感情をしっかり察知して、自らが礼を尽くし、綺麗に中学校を立ち去ろう!と振舞ってくれていたように感じます。

憎いのが、それを口に出さずにさらりとやるのよ。さりげなく私をフォローすることが多いんですよ、全く(脱帽´д` ;)

こんな気持ちがわかってくることで、ほんの数ヶ月前までは思い出せば涙が出てくる嫌〜な中学校の卒業式の思い出も、いろんな感情が浄化されて、今は学校に対して「ありがとう!」の気持ちに変化してきています。

 

でも、主人に対してはまだまだですね^^;

私の理解が進まないことには、性格上浄化できないかも。

話を切り出せば喧嘩になるのはわかっている。

喧嘩になって言いたいことを言い合えればいいのだけれど、私の特徴として、相手の感情が高ぶったり、自分が感情的になると、言葉が出てこなくなるのです。結果、気持ちを伝えられなくなってしまう。

ですから、罵詈雑言であろうと、自分の思っていることを伝えて、激しく喧嘩できるのは私は良いことと思っていますよ^^

喧嘩しながらも、お互いの思いを伝え合って欲しいと思います。

我が家は、それぞれが思いを内に閉じ込めたまま、ずーっと来てしまいました。

しかし、息子の成長や状況の変化が、夫婦の空気を変えてくれているように感じます。

 

もう少し、この話は続きを書きますね。

 








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