ここ一週間のうちに台風が3つ来たんですよね。
台風や地震、自然災害が起こるたびに、自然の力というものを考えさせられます。
私が思うのは、
『これが、地球という天体が生きていくために必要な動きなのか?』
ということ。
元々は自然は自然のままで存在したいわけで、生活を便利にするために、そこに人間の知恵が入り、伐採したり、埋め立てにしたり、資源を採取したり。
そして、便利にしたがために、その代償としての汚染があったり、原発事故があったりします。
人間も地球に存在する自然の一部。
自然の恵みも受けつつ、そして、知恵によって生まれた便利さを享受しつつ生活しているわけです。
日ごろの生活に没頭していると、自然のダイナミックな呼吸など感じることも、想像することもなくて、どちらかというと便利さに目がいく生活。
台風や地震といったときに、『あっ』と思うことが私は多いです。
自然が引き起こす災害を目の当たりにすると、自然の力には人間は到底敵わない。自然に逆らわずにして、いかに生きていくか?
便利さだけを追い求めて、自然を無視してはいけないぞ、という思いを私自身に思い起こさせてくれるのです。
なんでこんなことを言うかというと、これは『人』も同じだから。
人も自然に生きたい生き物、そうではないでしょうか?
生命本能で、お腹が空けば食べたいと思うし、眠ければ寝たいと思う。人を好きになれば触れたいとも思う。
その時に起きた欲求が、その時に満たされたとき、人は幸福感を感じます。
心も豊かになります。
これは人には感じるという感情があるからで、満たされた欲求を素直に感じるセンサーが備わっているからなんですよね。
感じるがままが生きていけたら幸せだけど、私たちは、家庭生活、学校生活、社会生活と人と関わりを持ちながら生活をしていかないといけません。
そこには、譲歩だったり、我慢だったり、いろんな力が加わってきます。
小さな我慢は小雨、霧雨で済むかもしれないけど、ちょっと苦しくなって来たら、大雨になるかもしれません。
自分の限界を超えてしまうと、台風や地震みたいになるのかなって、これは自然と関連付けて考えてしまう、私の思考癖。
台風や地震になると、被害をもたらしますし、復旧にも時間を要します。
人の心も同じと私は思っていて、我慢に我慢を重ねていると心も壊れてしまう・・・
そして、壊れた心は大きな傷をも残し、もとに戻るかさえも分からず、立ち直るのにも時間を要してしまう。
そう考えているのです。
学校に行けない・・・は、子供が感じている素直な感情。
そこにははっきりした理由がわからなくて、親子でモヤモヤすることだってあります。
ここに不適切な力を加えてしまうと、災害を引き起こすことにもなりかねなくて、でも逆に、適切な力だったら、お天道さんが味方する大豊作になることだってあるのかなって。
自然と共に生きる私達ですから、自然に逆らうのではなく、仲良くです。
私達も、人に対し、真っ向から逆らったり、力をかけたりするのではなく、小さな身震いを起こして調整しつつ、お互いの感情が素直な方向に進めることもできるのでは・・・と私は思っています。
そして、これが自然から学ぶ本来の在り方なのかもとも思っているんですよ。
お子さんの感情、ご自身の感情を大切になさってください。