昨日は私の住む市内で高校の卒業式があったようですね。
全国的にもそうなのかな?3月1日は卒業式の日。
息子は14日なのでまだなんですけど、いよいよですね^^
ここで、また私は想像します。
もし、息子が普通に通えて、それなりに自分で進路も決めていたら、私はどんな思いで卒業式に出席していたかなって。
成長した喜び・・でしょうか?
頭に浮かぶ小さいころの姿と現在の姿を比べながら、感動しているのでしょうか?
私は子供が一人なので、母親として感じる卒業式も入学式も息子でしか経験できません。
不登校の親として感じる卒業の思いはあるんですけど、いわゆる普通の親の思いは想像でしか味わえないんですよね。
ちょっと、過去の卒業式を振り返ってみます。
小学校の時は、ほぼぶっつけ本番で卒業式に臨みました。
周りの友達の動作を見ながら、ぎこちなく真似をして(笑)
卒業証書をもらう時には、うん、ちょっと間違えてもいましたね(笑)
複雑な思いもあったけど、中学への希望も持っていたので、ほのぼのした卒業式でしたよ。
中学は私的には一番きつかったです。
全体での卒業式は欠席。
先生は、卒業式だけでもみんなと一緒に・・・と言ってくださいましたけど、息子が嫌悪に近い感情を持っていた中学でしたので、出席は無理でした。
卒業証書だけ取りに行こうかと思っていたんですが、学校側で息子のためだけにと、一人での卒業式をしてくれたんですよ。
その時の私の気持ちはもうぐちゃぐちゃ。
感情があふれ出ないように必死で抑え込んでいましたが、心は大変でしたね(笑)
あ、これは感動したからとかいうキレイな話ではありませんよ(笑)
私のドロドロとした悔しい感情です。
当時はこうしたブログも書いていませんでしたから、感情の整理がつかず、嫌な感情がまた嫌な感情を引き起こすというループだったんですよね。
マイナスの感情にどっぷりとハマってしまっていたということです。
今の私なら、
「今、私が悔しいと思っているのはなぜなんだろう?」
「この悔しい思いはどこから来るんだろう?」
それをここに書きながら、整理していくんですけどね。
中学は悔しさばかりが残る卒業式でした。
さて、高校の卒業式は息子の最後の試験日と重なってしまっているので、欠席になるのです。
息子は「卒業式はどうでもいいけど、友達とは会いたかったな」と言っています。
親しくしている友達は、片手でも足りるくらい。
それでも、高校で知り合え、仲良くなれた友達です。
人との縁はこうした気持ちを起こさせるものと、私も気付かされているところです。
私の親としての感情はどうかというと、
中学と比べれば笑顔で出席できる卒業式になりそうですね。
まあ、出席しないのでこちらも想像レベルでの卒業式ですけど。
学校の雰囲気が先生と生徒の距離が近い感じでしたし、明るい開放的な感じがありましたから、中学のようなドロドロの感情はほとんどありません。
ただ、悔しさがないかと言うと、そうとは言い切れないんですよね。
通えなかった悔しさ・・・
この気持ちは、読んで下さるあなたにわかってもらえるかな?
学校に通えなかったという点では、人より劣っていると見られても仕方がありません。
でも、人生全般では違うぞ!と、母は思っているのです。
普通に通えた子に負けないぞ!
今は何を言われようとも、それは今だけ!
今後の息子の人生でそれを証明していく!
こんな気持ちがあるのも事実です。
読んで下さっている方の中には、私のように一人っ子の方もいるでしょうし、兄弟姉妹がいて普通に通えているお子さんもいるという方もいらっしゃいますよね。
どちらの卒業式も味わえるというのは、感情の振れも大きいかもしれませんけど、とても貴重なものだと私は思っています。
その違いをただ流してしますのではなく、その違いを意識してみるということもしてみてくださいね。
卒業を迎えられた方々、ご卒業おめでとうございます!