サイトアイコン 【大丈夫!不登校】ブログ~母の日誌

【引きこもり】は外面的側面に過ぎない。私の内面は「丸裸」です(笑)

 

今日でお盆も終わり。

主人の仕事はGWが全く休めず、その振り替えが夏に来ています。ですから、夏休みは普通の人より長く2週間くらいあって、今が丁度半分くらいでこれから後半戦というような感じです。

なので、我が家の行事もまだまだあり、私も何も予定のない一日というのがなく、心は忙しいです。

 

今日の予定は・・・

主人は一人で車で再度実家に行って、2日間向こうで過ごし、両親を連れて帰ってきて温泉に連れていく予定です。義両親はお風呂が大好き。今は歳をとったので家のお風呂を使用していますけど、数年前までは近くの天然温泉を利用してゆっくり入っていましたね。大きいお風呂が好きみたいですよ^^

そして、息子は幼なじみのA君が泊まりがけで遊びに来ます(*´▽`*)

徹夜用のゲームも購入して準備万端。

実は、A君との徹夜を楽しむために、主人を「お父さん、もう一回実家に行っておいでよ~」と提案したということ(^_^;)

主人も息子の策略がわかっているし、実際、ゆっくり実家に行けるのはこの時期しかありません。だから、運転はちょっと遠くて大変だけど、息子にとっても、主人にとっても、そして、義両親にとっても良いのかなぁと思いますよ。

私は、あとでゆーっくりと自分の時間を頂きます(^^ゞ

ということで、今週は我が家には滅多にない、慣れない「来客週間」ですね。

 

ここで、お客さんが多い家庭とできれば家族だけの時間が多い家庭も分かれるかな、とふと思いました。

これも一つの時代の変化ですよね。

私が子供の頃は、毎日家には近所の誰かがお茶のみに来ていたし、近所の大人たちも積極的に子供に声をかけ、子供を育てる文化でした(私の実家だけだったらスミマセン(^^;)。

実家がとてもオープンだったので、きっと私の心も開いていたのかな?

核家族の家庭がすごく閉鎖的で、関わりづらく、遊びに行っても変な圧力があって落ち着かなかった記憶があります。

これは、今から40年くらい前かーーーーーΣ(゚Д゚)

今は核家族がほとんどで昭和の時代によく見られた光景というのは少なくなりましたよね。

 

かつてはオープンな家庭で育った私も、家族だけの空間の方が落ち着くようになりましたし、主人も息子もどちらと言うとその傾向が強い。これには、狭い住居空間というのも影響しているのかなぁとは思いますけどね。

あまりプライバシーが確保されない空間だから、そこは家族だけにしようよ!な感じです。

 

ここに息子の不登校が関係した私の心の病的なものが影響しているかどうかはわからないし、もしかしたらそうしたところがあって引きづっているのかもしれないけど、私の素直な感情は、家庭は家族3人だけの方が楽だよ~と言っています。

 

インターネットが登場して、それが広がり浸透するにつれて、人との関わり方も大きく変化して来ています。負の側面で見れば、インターネットはリアルな人との接触を遠ざけてしまい、そこに危うさを感じる方もいるかもしれません。しかし、元々性格が内向的な人もいて、人との距離感を保つのに苦労し、精神的にどんどん負担を抱え込んでしまう人もいるんですよね。

性格、性質に良い悪いはないけど、内向的、引きこもりの人をどこか心配な目で見てしまうところが私達はありますね。

私自身そうした自分の引きこもり傾向を自覚したうえで伝えますけど、インターネットは引きこもりの強い味方です。

実際、私もインターネットでこうしたことを書いていますし、文章は話すこととは違って、頭の中で考えて、整理して、伝えることができるんですね。

私にとっては、より伝えたい本質を伝えられる最大の手段となっていて、例えば、私が今までブログに書き綴ってきたことを「口頭」で伝えようとしても、それはきっと難しい。内容が内容だけに難しいです。

引きこもりという表現も外面だけを捉えた言葉に過ぎなくて、一面からしか見ていません。私がしていることは外から見たら「完全引きこもり(笑)」。でも、不登校の母親の心をブログという手段を通して、ブラックな感情も、苦痛も、喜びも、全部出しているから、表現という意味では引きこもりではなく「完全丸裸状態(笑)」です。

 

外面は引きこもり。内面は出たがり(笑)???

 

うーん、今は時代の転換期なのかな???

新しいモノははじめは最初は抵抗されるもの。流行とはそういうものですよね。

不登校が悪い、引きこもりは問題、もっと社会との接触を・・いろいろ良くないことを私達は言われてきました。そして、その言葉を信じ、適応しようと頑張ってきました。

でも、キツイものはキツイ。

内向的な人に外交的になれ!というのは「酷」と私は思います。内向的でもできることを見つけて、手適応するのが継続できる道。

 

私が毎日人と会って話せ!と言われたら、それは苦痛。

でも、毎日書け!と言われたら、それは苦ではなく、楽しくなります(笑)

 

これでも良いのではないでしょうか?

 

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