サイトアイコン 【大丈夫!不登校】ブログ~母の日誌

不登校は「ままならない」という学び。「ままならない」を身内で学ぶか?それとも外で学ぶか?

 

息子が大学に行くようになって、私も家で一人でいる時間が多くなりました。

家族を送り出した後にホッとする気持ちとはこういうことかな?

おそらく普通の主婦が味わっているだろう感覚を今味わっています。

 

思えば、息子が幼稚園を卒園して入学をした頃に、私はこの一人になる時間をありありと想像していて、とてもウキウキしていましたね。

自分のその後のプランがうまくいくことしか考えられなくて、頭はお花畑状態です。

ゴールに進む姿としては、信じ切って疑いがなく、臨場感もたっぷりにイメージできていたんですよ。引き寄せの法則的には、実現しそうなものですけど、状況はそうはならなかったんですよね(笑)

準備をしようにも息子の喘息の発作だったり、登校前の体調の悪さだったり、毎日登校するリズムがつかめなくて私はなかなか動けなくて、お花畑状態からイライラ状態になっていきました。

まぁ、わがまま自己中な私の思いです。自分が働きたいのに働けないイライラですよ。

そうなると、家で平静を装うことも不可能で、

 

「子供が学校に行けば、私は仕事に出れるのに」

 

の思いがわーっと出て来て、その思いが息子に向けられるということもありました。

 

今の私から見たら、この母ちゃんは大変だな、です。

 

もし仮に、あの時、私の思い描いた通りに進めていたらどうなっていたかなって考えることがあります。

そして想像するに、私はきっと仕事の方でこの壁にぶつかっていただろうな、結局は同じだっただろうな、息子が順調に学校に行き、私は仕事がうまくいき、ではなかっただろうなって思います。

 

おそらくですが、息子と向き合うよりも仕事での人対人が私には心理的、精神的にはよりハードだったでしょう。

 

自分の思い通りに行かない人対人の関係に人は苦しみます。

私は吐き出すタイプではなく内に籠るタイプなので、体調面にも現れやすい。

息子ではなく、仕事での人間関係だったら、おそらく心身の健康を保てていなかったでしょうね。

 

それを考えると息子、子供というのは修行にはありがたい相手でした(笑)

母親にイラッと来ることもたくさんあったと思うんですよ。

それでも許しあえて、良い関係は作れてきました。

これは父親との関係でも同じです。

父親に対して反抗的だった息子も、父親の変化を感じ、最近では普通に会話をしているし、あんなにピリピリする関係も、笑い合える関係になれています。これは親子だからですよね。

 

悪いところに気付き、なおしていくのが成長。

悪いところを出す相手が息子が良いのか、それとも仕事での人が良いのか。

本当はどちらも経験して成長できるのが良いんでしょうけど、仕事の中でのこの修行はその後にしこりも残って関係維持は難しかっただろうな、と想像します。

 

最後には許してくれる相手が家族。

私にとっては息子を通して、ままならないことを経験することがベストだったんですね。

だからこれで良かったということ。

 

ここまでの人生は、結局は一本道としてつながっています。

 

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