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人は痛みを避けようとする~子供の痛みと親の痛み

 

今日、こんな一文を見かけて、そうだよなと思いました。

人は快楽を得ることより、苦痛を避けたがるというもの。

確かにその通りかも。

 

例えば、宝くじを想定して、

・100パーセントの確率で50万円が当たります。

・50パーセントの確率で100万円になりますが、50パーセントの確率で0円になります。

 

また、あなたに100万円の借金があるとして、

・100パーセントの確率で50万円に減ります。

・50パーセントの確率で借金が0円になりますが、50パーセントの確率で借金は100万円のままになります。

 

あなたはどちらの選択肢を取りますか、です。

私は、この理論が示す結果の答えを出した優等生です笑

 

つまり、

宝くじは、確実に50万円を取ります。
借金は、100万円チャラに賭けます。

ただ、借金は正直迷いました。確実に50万円減額もあり、です。

しかし、借金100万円という事実は『私は返済義務がある。必ず返していく』という覚悟がすでにあります。

ですから、私にとっては50万円返済も100万円返済も変わらない。だったら、冒険してチャラにしようと挑戦するわけです。

ちょっと変わった方はさておき、人は大体、私と同じ選択するというのが、この理論の趣旨です。

 

要するに、痛みを避ける選択をする、ということ。

目の前に利益があるときは、それを受け取らないことが痛みになり、目の前に損失(借金)があるときは、一か八かの行動でチャラにできるチャンスを逃すことが痛みになる。

合ってるかな笑

 

子供は学校に行かないことで苦痛を避けるけど、親は子供が学校に行くことで自らの苦痛を避けたい。

これがお互いの素直な感情ではないでしょうか?

相反する事実があるので、2人で苦しいんですよね。

子供に関して言えば、学校の中で苦痛に代わる快楽が何か一つでもないと登校は難しいのかなと思えるし、親に関して言えば、子供が家にいる生活に快楽を見つけないと毎日が苦しくなる。

 

更に一歩進めば、学校に快楽がないのなら、何でもいいから子供が快楽を感じるものを見つけること。

子供自身がこれが好き、というものに出会えていない可能性はまだまだあるし、何に興味を示すかも成長によって変わってきます。

些細なことだと軽視しないでみたいところです。

 

好きで続けられることは、その子の強みであって、人生の主軸になることもありますからね。

親も同じ。好きで続けられる快楽は、人生の目標にもつながり楽しく過ごせます。

 

不登校は苦痛かもしれない。

苦痛を今経験しているからこそ、快楽がわかりやすい状況でもあると思います。

これは、与えられた機会。

親も子供も快楽ツボを探すという機会ですね、そう捉えてみることにします。

 

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